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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)3709号 判決

原告 前田博

被告 第一物産株式会社 外一名

主文

原告が被告第一物産株式会社の別紙〈省略〉物件目録記載の株式二百株の株主権を有することを確認する。

被告加賀証券株式会社は原告に対し別紙物件目録記載の株券を引渡せ。

もし右株券の引渡ができないときは、被告加賀証券株式会社は原告に対し金三万千四百円を支払え。

被告第一物産株式会社は原告に対し金二万千四百円を支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決中第二項、第四項、第五項に限り、原告において金二万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一項乃至第五項同旨の判決、並びに、株券の引渡及び金銭の支払を求める部分について仮執行の宣言を求め、その請求原因として陳述した要旨は次のとおりである。

一、原告は、訴外日興証券株式会社大阪支店に委託して、昭和二十八年三月十七日、訴外佐藤武三郎名義の日本機械貿易株式会社(以下、単に日機貿と略称する)の株式二百株を買受け、右名義人の白地式裏書ある株券(百株券二枚、記号番号F乙第一〇六八五号及び、F乙第一〇六八六号)の引渡を受けて右株式を取得し、同月三十一日右株式について原告名義に名義書換手続を了した。

二、(イ) ところが、被告加賀証券株式会社(以下、単に被告加賀証券と略称する)は、原告が買受け交付を受けた右株券につき、原告の取得後である同年四月十八日、東京簡易裁判所に対し、右株券を喪失したことを理由に公示催告の申立をなし、同年五月十一日、同裁判所から、公示催告期日を同年十二月十五日とする公示催告の決定を得(この決定は、同年五月二十五日官報に掲載公告せられた)、更に、被告加賀証券は同裁判所に申立てて同年十二月十六日、同裁判所から、右株券の無効を宣言する除権判決を得た。

(ロ) 被告加賀証券は、次いで、その後間もなく、日機貿に対し右除権判決に基き株券の再発行を求め、日機貿は訴外佐藤武三郎名義の新株券(百株券二枚、記号番号F乙第二七九九三号、及びF乙第二七九九四号)を発行し、被告加賀証券名義に名義書換のうえ、これを被告加賀証券に交付した。

(ハ) しかして、日機貿は昭和三十年七月一日被告第一物産株式会社(以下、単に被告第一物産と略称する)に吸収合併され、同年九月五日その登記を了し、こゝに、日機貿は消滅して被告第一物産が日機貿の権利義務一切を包括承継すると共に、日機貿の株式一株に対し被告第一物産の新株式一株を割当てた。

被告加賀証券は、日機貿の右株式二百株の株主権を有するものとして、被告第一物産から自己名義の別紙物件目録記載の株券の交付を受けた。

三、しかしながら、原告は、前述のとおり、被告加賀証券が右公示催告を申立る以前においてすでに、日機貿の右株式二百株を買受けその旧株券を譲り受けており、この取得行為はもとより善意無過失であつて、しかも、右株式につき、すでに名義書換手続を了して完全にその株主権を取得しているものである。従つて、その後において、被告加賀証券の申立により、右旧株券につき、右除権判決がなされたからといつて、これがために原告のすでに取得した株主権に何等の消長をもきたすものではない。原告は、依然として、日機貿の右株式二百株の株主権を有していたことを主張し得る。

四、そこで原告は被告等に次のごとく請求する。

(イ)  原告は日機貿の右株式二百株の株主権を有していたところ、前述のとおり、日機貿が被告第一物産に吸収合併せられ、従前の日機貿の株主に対し被告第一物産の新株が割当てられたのであるから、それに従い、原告は、当然、被告第一物産の右株式二百株の株主権を取得するに至つた次第である。しかるに、被告両名は原告の株主権を争うので、先ず第一に、被告両名に対しその確認を求める。

(ロ)  被告加賀証券は、右除権判決に基き、前述のとおり、日機貿から株式名義を被告加賀証券と書換えた新株券の交付を受けた。しかしながら、原告が右旧株券の株主である以上、被告加賀証券は右新株券を当然原告に引渡すべき義務を有していたのである。被告加賀証券は、日機貿と被告第一物産の合併後、被告第一物産から、更に、被告加賀証券名義の別紙物件目録記載の株券の交付を受けているが、日機貿の右新株券についても全く同一の理由で、これまた当然その株主権を有する原告に引渡すべき義務がある。よつて、第二に、被告加賀証券に対し、その引渡を求める。

若し、その引渡ができないときは、被告加賀証券に対し、その引渡に代る損害の賠償として、昭和三十一年四月十三日の本件最終口頭弁論期日に接着する同月十二日の取引市場における被告第一物産株式の価格であるから右口頭弁論終結時においてもこれと同額であつたと認められる一株金百五十七円、二百株合計金三万千四百円の支払を求める。

(ハ)  日機貿は昭和二十九年六月二十二日になされた取締役会の決議により新株を発行することにし、昭和二十九年七月三十一日正午現在の株主に対し、その所有株式一株について新株一株(一株の額面金額五十円、有償交付)の割合で新株引受権を与える、株式申込期間は同年九月六日から同月二十日まで、払込期日は同年十月一日、と定めた。原告は、前述のとおり、右昭和二十九年七月三十一日正午現在における日機貿の右株式二百株の株主である。従つて、右日時以降原告は、右取締役会の決議に基き、日機貿の新株二百株の新株引受権を有していたこと明かである。

しかるに、日機貿はこの事実を知悉しながら、原告に対し、右新株発行に関する何等の通知、催告もしないし、且つ、右新株二百株分の株式申込証用紙を送付してこないため、原告は所定期間内に右新株二百株を引受けることができず、結局、右新株引受権を喪失する結果になつた。ところで、株式会社は、新株引受権者に対し、引受権を有する株式の種類、数等をあらかじめ通知し、且つ、所定事項を記載した株式申込証用紙を送付するなどして、以て、新株引受権者をしてその権利を行使するに支障なからしむべきものであり、且つまた、真実の新株引受権者からなされた新株引受の申込に対しては、当然所定数の新株を割当てるべきものである。このことは株式会社の新株引受権者に対する債務であり、仮りに債務といえないとすれば、それは株式会社に命ぜられている法律上の義務であるというべきところ、日機貿は、右に述べたとおり、新株引受権者である原告に対し、これ等の債務を履行せず、仮に債務でないとすれば、これ等の義務を故意に又は少くとも過失によつて履践せず、その結果原告をして右新株引受権を喪失するに至らしめたものである。従つて、原告は日機貿に対しその時以降損害賠償請求権を有するものであるところ、その後、被告第一物産は前述のとおり、日機貿を吸収合併してその権利義務一切を包括承継すると共に、日機貿の株主に対し一対一の割合で被告第一物産の株式を割当てた。ところで、被告第一物産の株式一株の価格は前述のとおり、本件最終口頭弁論期日である昭和三十一年四月十三日現在において金百五十七円であるから、二百株で合計金三万千四百円となるところ、日機貿の右新株は、その払込金額が、一株金五十円、二百で合計一万円であつたから、前者から後者を控除した金二万千四百円が、即ち、原告が日機貿の新株引受権を喪失したことによつて蒙つた損害額である。よつて原告は、第三に、日機貿の権利義務一切を包括承継した被告第一物産に対し、第一次的に債務不履行を理由として、予備的に不法行為を理由として、右損害の賠償を求める。右損害が、仮に、特別事情による損害と認められるとすれば、それは被告第一物産の予見し又は予見し得べかりし損害であるから、原告の蒙つた右損害の全額の賠償を求める。

五、よつて、主文第一項乃至第五項同旨の判決を求めるため本訴に及んだ次第である。

と述べた。〈立証省略〉

被告両名訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、との判決を求め答弁として、

一、原告の主張事実中、

(一)  原告が昭和二十八年三月三十一日、その主張の日機貿の株式二百株について、原告名義に名義書換手続を了したこと、

(二)  請求原因第二項(イ)、(ロ)、(ハ)記載の各事実、

(三)  日機貿が昭和二十九年六月二十二日なされた取締役会の決議により、原告主張のような方法で新株を発行したこと、及び、その際、日機貿は原告に対し、右新株発行に関する通知、催告をせず、且つ、株式申込証用紙を送付しなかつたこと。

の各事実はいずれも認めるが、原告がその主張の日機貿の株式二百株を善意無過失で取得した、との事実は不知、その余の事実は否認する。

二、被告加賀証券が、原告主張の日機貿の株式二百株の株券について除権判決を得、次で、日機貿から新株券の発行を受けるまでの経緯は次のとおりである。即ち、被告加賀証券は昭和二十七年十二月二十五日、訴外大阪証券取引所を通じて、訴外京都証券株式会社から、訴外佐藤武三郎名義の日機貿の株式二百株を買受け、その株券の引渡を受けた(これが即ち原告の主張する株券である)。ところ、被告加賀証券は、昭和二十八年三月十二日右株式の名義書換手続をなすため日機貿に赴く途中右株券を紛失してしまつたので、直ちに所轄警察署、大阪証券取引所、及び、日機貿にその旨を届出でる一方、同年四月十八日、原告主張のとおり、右株券につき公示催告を申立て、同年五月十一日、原告主張のような公示催告の決定を得た。しかるに、右公示催告期日までに、原告はじめ何人からも権利の届出、株券の提出がなかつたので、被告加賀証券は公示催告期日の翌日である同年十二月十六日、原告主張のとおり、除権判決を得た。そこで被告加賀証券は、右除権判決にもとずき、日機貿に対して株券の再発行を求め、日機貿は原告主張のとおり、訴外佐藤武三郎名義の新株券を発行し、被告加賀証券名義に名義書換のうえ、これを被告加賀証券に交付した。

三、ところで、喪失株券について除権判決があつたときは、これによつて旧株券は無効に帰し、除権判決を得た者はその株券発行会社に対し新株券の発行を求め、且つ、株券発行会社に対しその新株券による権利、即ち、株主権を主張し得るものであり、株券発行会社は除権判決があるとの一事をもつて除権判決を得た者を株主なりと確認して何等の支障はない。のみならず、前記のとおり、日機貿の右株式二百株の株券について、原告がその権利の届出をなさずして除権判決がなされた以上、仮に、原告がその主張するごとく、除権判決以前に右株式二百株の株主権を善意取得していたとしても、そのとき以降、原告はその権利を失い、除権判決を得た被告加賀証券がその株主権を回復したものである。

原告はすでに日機貿の右株式二百株の株主権を失つてしまつたこと明かであるから、その株主権があることを前提とする原告の本訴請求はすべて失当といわなければならない。

と述べた。〈立証省略〉

理由

一、原告が日本機械貿易株式会社(以下、単に日機貿と略称する)の株式二百株の株主権を有していたかどうかの点について、まず、判断する。

(一)  いずれも成立に争いのない甲第一、第二号証の各一、二、同第三、第四号証の各記載と証人杉村修三の証言とによれば、原告は、訴外日興証券株式会社大阪支店に委託して、昭和二十八年三月十七日、訴外野村証券株式会社から、訴外佐藤武三郎の白地式裏書ある同訴外人名義の日機貿の株式二百株の株券(百株券二枚、記号番号F乙第一〇六八五号、及び、F乙第一〇六八六号)を、一株金二百六十円の割で買受けてその引渡を受けた事実を認めることができる。

しかして、原告が右株券を取得する当時、その譲渡人たる右訴外会社が処分権のないことを知つていたか、少くとも、知らなかつたことに重大な過失があつたとの点につき、被告等は他に何等の主張も立証もしていない本件にあつては、原告の右株券取得の態様が前認定のごとくであつた以上、それは善意無過失であつたと認むべきである。従つて、右株券は、たとえ、被告等が主張するごとく、被告加賀証券株式会社(以下、単に被告加賀証券と略称する)が昭和二十七年十二月二十五日他から買受けて所持していたものを、原告が取得する直前の昭和二十八年三月十二日紛失したものであつたとしても、原告は右株券による株主権を善意取得し、その結果、被告加賀証券はその権利を失うに至つたものといわなければならない。

(二)  しかるところ、被告加賀証券は、原告が右善意取得した以後である昭和二十八年四月十八日に至り、東京簡易裁判所に対し、右株券につき、それを喪失したことを理由に公示催告の申立をなし、同裁判所から、公示催告期日を同年十二月十五日とする公示催告の決定を得、更に、被告加賀証券は同裁判所に申立てて、同年十二月十六日、同裁判所から、右株券の無効を宣言する除権判決を得たことは当事者間に争いのない事実である。

ところで、被告等は右の事実に基き次のごとく主張する。即ち、除権判決は、申立人に対し当該株券による株主権を与え、若しくはその株主権を確認する実体法上の効力を有するものである。或いは、一般的には申立人に実体的権利を与えるものとはいえないとしても、株券喪失後、第三者による善意取得によつて失われた申立人の権利についてのみは、除権判決によつてこれを善意取得者から奪い、申立人に再び与える効力を有するものであるから、そのいずれによるにせよ、原告は、右除権判決のあつた時以降、日機貿の右株式二百株の株主権を失つてしまつた、というのである。

しかし、喪失株券に関する除権判決の実体法上の効力は、右判決以降当該株券を無効とし、申立人に株券を所持すると同一の地位を回復させるに止まるものであつて、株券喪失乃至は公示催告申立の時に遡つて右株券を無効とするものではなく、また申立人に対し当該株券による株主権を形成し、若しくはその株主権を確定するものでもない(昭和二十九年二月十九日最高裁判所第二小法廷昭和二十六年(オ)第四二四号事件判決参照)。当該株券は除権判決がなされるまではいぜん有効であるから、第三者が当該株券による株主権を善意取得し得ることはもとより可能であるし、また、除権判決の効力は申立人に当該株券の占有に代る形式的資格を回復せしめるに止まるものであるから、当該株券による株主権の得喪変更について、除権判決は実体上何等の影響を及ぼすものではない。しかして、このことは株主権変動の原因が承継取得によると善意取得によるとによつて異なるものではないと解すべきである。即ち、被告等が主張しているがごとく、当該株券喪失後、その株主権を善意取得した第三者に限つて、除権判決の効力として、第三者からその権利を奪い、申立人に再び与える、と解すべき理由もなければ必要もないとするのである。けだし、喪失株券の善意取得に限つて、公示催告期間内に権利の届出をしなかつた場合に除権判決によりその権利を奪われるところの、一種の制限的な権利取得であると解することは、法律上充分の根拠もないし、除権判決制度とは、やはり、申立人に喪失当時の形式的資格を回復せしめるに止まるものであり、株券の流通性の保障のためには、申立人に多少の忍受を強いることもまた止むを得ないと考えるからである。果して然らば、原告が、前記認定のごとく、一旦善意取得した右日機貿の株式二百株の株主権は、右除権判決がなされたからといつて、何等の消長をもきたすものではなく、また、被告等が主張するごとく、原告がたとえ右公示催告期間内にその権利の届出をしなかつたからといつて、それがためにその権利を喪失するものでもない。原告は、いぜんとして、右日機貿の株式二百株の株主権を有しているものというべきである。以上と異なる見解に立つ被告等の所論は採用し難い。

二、しかして、

(一)  原告が右日機貿の株式二百株について、右除権判決がなされる以前である昭和二十八年三月三十一日原告名義に名義書換手続を了していること。

(二)  しかるに、被告加賀証券は、右除権判決後間もなく、日機貿に対しその判決に基き株券の再発行を求め、日機貿は訴外佐藤武三郎名義の新株券(百株券二枚、記号番号F乙第二七九九三号、及び、F乙第二七九九四号)を発行し、被告加賀証券名義に名義書換のうえ、これを被告加賀証券に交付したこと。

(三)  日機貿は昭和三十年七月一日被告第一物産株式会社(以下、単に被告第一物産と略称する)に吸収合併され、同年九月五日その登記を了し、こゝに、日機貿は消滅して被告第一物産が日機貿の権利義務一切を包括承継すると共に、日機貿の株式一株に対し被告第一物産の新株式一株を割当てたこと、及び、被告加賀証券は、日機貿の右株式二百株の株主権を有するものとして、被告第一物産から自己名義の別紙物件目録記載の株券の交付を受けたこと。

右は、いずれも、当事者間に争いのない事実である。

三、以上認定の各事実に基き、以下、原告の各請求の当否について判断する。

(一)  被告両名に対し、原告が被告第一物産の株式二百株の株主権を有することの確認を求める点について、

前記認定のごとく、原告は日機貿の右株式二百株の株主権を有しており、且つ、右株式につきすでに原告名義に名義書換手続を了していたところ、日機貿が被告第一物産に吸収合併せられ、従前の日機貿の株式一株に対し被告第一物産の新株式一株が割当てられたのであるから、それに従い、原告は合併せられた昭和三十年七月一日以降、当然、被告第一物産の右株式二百株の株主権を取得するに至つたこと極めて明瞭である。よつて、被告両名に対し別紙物件目録記載の株式二百株の株主権の確認を求める原告の請求は正当である。

(二)  次に、被告加賀証券に対し、別紙物件目録記載の株券の引渡を求める点について、

前記認定のごとく、被告加賀証券は、右除権判決に基き、日機貿から株式名義を被告加賀証券と書換えた新株券の交付を受けた。しかしながら、原告は右除権判決がなされる以前すでに日機貿の右株式二百株について原告名義書換手続を了していたこと前記認定のごとくである以上、日機貿としては被告加賀証券の右新株券発行の請求を拒否すべきものであつた。日機貿が株主名簿上の最終名義人でない被告加賀証券に右新株券を交付したことは、除権判決の効力に関する何等かの誤解によるものであろう。しかし、とまれ、原告が日機貿の右旧株券の株主であつたと認められること前記のごとくである以上、被告加賀証券は日機貿から交付を受けた右新株券を当然原告に引渡すべき義務を有していたのである。被告加賀証券は、更に、日機貿と被告第一物産の合併後、被告第一物産から被告加賀証券名義の別紙物件目録記載の株券の交付を受けている。しかし、原告が右株券による株式の株主権を有していると認められること前記のごとくである以上、右と全く同一に、被告加賀証券は右株券をもまた当然原告に引渡すべき義務があること明かである。(この場合、原告は被告加賀証券から引渡を受けた右株券を、被告第一物産に提出して、それと引換えに自己名義の株券の再交付、または、名義の訂正を会社に請求することになる。)

しかして、若し、右株券を引渡すことができないときは、被告加賀証券は原告に対しその引渡に代る損害を賠償すべき義務があるもののところ、被告第一物産の株式の価格が昭和三十一年四月十三日の本件最終口頭弁論期日に接着する同月十二日の取引市場において一株金百五十七円、二百株合計金三万千四百円であること成立に争いのない甲第七号証の記載に徴して明かであり、他に特段の事情のない本件にあつては、右口頭弁論終結時においてもなおこの価格を保持していたものと認むべきであるから、従つて、この金額が即ち右株券の引渡を受け得ない場合原告の蒙る損害である。よつて、被告加賀証券に対するこの点の請求も理由がある。

(三)  更に、被告第一物産に対し、金二万千四百円の支払を求める点について、

日機貿は昭和二十九年六月二十二日なされた取締役会の決議により新株を発行することにし、昭和二十九年七月三十一日正午現在の株主に対し、その所有株式一株について新株一株(一株の額面金額五十円、有償交付)の割合で新株引受権を与える、株式申込期間は同年九月六日から同月二十日まで、払込期日は同年十月一日、と定めたことは当事者間に争いのない事実である。しかして、原告が右昭和二十九年七月三十一日正午現在(以下、単に基準日と略称する)における日機貿の右株式二百株の株主であり、且つ、基準日以前である昭和二十八年三月三十一日すでに右株式について原告名義に名義書換手続を了していたことは前記認定のとおりであるから、原告は基準日における右株式の株主権者として、日機貿にその権利を主張し得たこと勿論である。従つて、原告は右取締役会の決議に基き、基準日以降、日機貿の新株二百株の新株引受権を有するに至つたこと明かである。尤も、基準日当時、日機貿の株主名簿上、右株式二百株の株主名義が被告加賀証券名義に書換えられてしまつていたことは前記認定の事実に徴して明かであるが、この点については前にも言及したごとく、右株式二百株の株主名義が右除権判決前すでに原告名義に書換えられていた以上、被告加賀証券が右除権判決に基いて自己名義に名義書換のうえ新株券の交付を請求してきても日機貿はこれに応ずべきではなかつたのである。その際日機貿としては被告加賀証券が無権利者であると考えるに相当な理由があつたというべきであり、且つ、原告にその名義書換に異議がないかどうかを確めること等によつて真実の株主が何人なるかを容易に確知し得る状態にあつたのであるから、何等かの誤解によつて日機貿が右株式二百株の株主名義を被告加賀証券に書換えても、かゝる株主名簿上の記載を信じてなした日機貿の行為はそれによつて免責されることはないと解すべきである。従つて、日機貿は、基準日当時の株主名簿上の株主たる被告加賀証券をではなく、基準日において実質上の株主権を有していた原告を右新株発行決議に基く新株引受権者として取扱うべきであつたのである。ところで、新株発行にさいしては、取締役は株式申込証(用紙)を作つて新株引受権者に交付し、且つ、新株発行に関する所定事項を通知し、もつて新株引受権者をしてその権利を行使するに支障なからしむべき法律上の債務を負担しているものであつて(商法第二百八十条の五第一項、及び、第二百八十条の六)、日機貿は原告に対して右の債務を履行すべき義務あるところ、日機貿がその挙に出でなかつたことは当事者間に争いのない事実であるから、原告は、日機貿の右債務不履行により、所定期間内に日機貿の右新株二百株を引受けることができず、結局、右新株引受権を喪失する結果になつたことは、まことに見易い道理である。しかして、日機貿は被告第一物産に吸収合併せられたこと、日機貿の株主に対し一対一の割合で被告第一物産の株式を割当てたこと、被告第一物産の株式の価格は昭和三十一年四月十三日の本件最終口頭弁論期日において一株金百五十七円、二百株合計金三万千四百円であること、及び、日機貿の右新株は、その払込金額が一株金五十円、二百株合計金一万円であつたことは、いずれも前記認定のごとくであるから、被告第一物産の株式二百株の価格合計金三万千四百円から、原告が日機貿の右新株を引受けた場合、日機貿に対して支払うべき払込金一株五十円、二百株合計金一万円を控除した金二万千四百円が、即ち、原告が日機貿の右新株引受権を喪失したことによつて蒙つた損害額であると判断する。この損害額のうち、幾分かは通常の株価の変動原因以上の、日機貿の被告第一物産への吸収合併という事実が影響していると考えられないでもないが、かゝる事情は、他に証拠を要せず、株式発行会社たる日機貿、及び被告第一物産の当然了知していたものと認める。よつて、日機貿の権利義務一切を包括承継した被告第一物産は、原告に対し右損害金二万千四百円を支払うべき義務があること明かである。この点の原告の主張もまた理由あるものといわなければならない。

四、以上のとおり、原告の本訴請求はいずれも理由があるから、被告第一物産に対し損害金の支払を求める点については不法行為の成否に論及するまでもなく、すべて正当として認容することにし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条の規定を、また、仮執行の宣言については、同法第百九十六条の規定に則り、主文第二項、第四項、第五項の部分に限り、原告において金二万円の担保を供することを条件として仮に執行することができるものとし、その余の部分については、不適当と認めて仮執行の宣言をしないことにし、主文のとおり判決する。

(裁判官 菅野啓蔵 高橋太郎 高林克己)

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